ブランド品で着飾るゆとり、身に着けないゆとり

一度は憧れる高級ブランド品。


初めてアルバイトで手に入れたお給料で自分へのごほうび、恋人へのプレゼント、誕生日のお祝いに。

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また、ブランドものと言われる高級品は“いつかは身に着けたい”と、人々の高みに君臨し続けます。

ノーブランドのそれより、10倍も100倍も高価なロゴ付のブランド品はいつしかデザインからマーク化し、人々はその高価なマークに疑念を持たずにお金を払うようになりました。


ブランドとしてそのスタイルを確立している各社はそれぞれの歴史やルーツを持ちます。



なぜ高価なのか、なぜ高品質なのか、誰がデザインして、創始者は何を夢に描いたのか。

私たちはそれに共感し、憧れるのです。


昨今の日本では、その意味をわからずに中学生がブランド品を身につけます。

やや不良のような様子の少年がシャネルの財布を制服の尻ポケットから覗かせていたときは失笑もの。
型にはまらず自由に自分を表現することもファッションではありますが、それにしてもTPOがあるものです。

一方外国ではどうでしょう。

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たとえば発展途上国では大量にハイブランドのコピー商品が出回っています。
グッチのコピー商品が路上で販売されており、それらは数回使用した後にファスナーが壊れます。
コピー商品と言うのはそういうもので、そのような地域の人々は、ノーブランドの気に入ったデザインのものを選び、自由に着飾ります。
たとえばその地域では本物のグッチを誰も見たことはないので、日本人が本物のグッチのカバンを持っていてもそれは路上で買ったものだと思われてしまいます。

たとえば、そのような場所でもあの不良少年はシャネルのコピーの財布を買うのでしょうか。

あなたはそのような場所でも本物のグッチのカバンを持って歩きますか。
デザイン性のある高品質の象徴であったはずのブランド品が、いまや先進国でも発展途上国でも、あまり大きな意味を成していないのです。